大原「愛したい」

気持ち悪いタイトルで申し訳ない。ただ心境に変化が起こったので書きます。

 僕が人を愛するという行為に抱いていた感情は残酷、野蛮、醜悪、愚、これに尽きる。

男女間のもつれほど愚かなものはない。見るのも聞くのも耐え難い。もっと酷かった時は恋愛したい人、している人は全員、メンヘラとも考えていた時期もあった。愛に飢えているからこそ誰かを求める。それが酷く滑稽に見えた。自傷行為と変わらない。

 恋愛に終わりは必ず来る。自然解消、浮気、喧嘩、事故、老衰など理由は様々。結果的に人を愛することに意味などない。最後に残るのは悲しみか虚無感のみ。別れた際に愛した分だけ、それらが津波のように大きく押し寄せてくる。しかし浸っていれば自然と心地よくなる。何も期待せず、希望を抱かない。人を愛するという感情を捨て去れば苦しむ必要もなければ、悲しむ意味がない。守れもしない関係性ならそんなものハナっから持たない方が良い。そう思っていた。

 しかし最近、僕も友人や周囲の人間たちの言動や助言により、少しずつ氷解し、誰かを愛することに関心が持てるようになった。しかし上記の通り、恋愛というものは必ず傷つく。終わりを迎える。この堂堂巡りに僕が出した結論はそれでも一緒にいたいと思える人に出会うしかない。

だっていつか終わるんですから、なら心底、愛する人見つけて一発幸せの花、咲かせてみようと思った所存でございます。

とはいえ、僕も愛してみたいと思っただけで、未だ意中の人はいないんですけどね。

未来の僕がいつかまた虚無感に苛まれるかもしれないけど、この文を読んで、俺もプラス思考を秘めている事を思い出して欲しいもんです、、、、てか見ろ。

親愛なる隣人 大原孝輝より