「Ttwwiitttteerr」

こんにちは、もう少しで令和ですね。年を取ったり元号が変わったり年を越したりすると時代が流れている事を感じます。あ、あと1ヶ月で僕22歳です。もうほんとに子供じゃないですね。そんな話ではなく今回は大きな出来事からではなく日常からの時代の流れの話です。

僕が今就職活動を行なっていて、とある会社では「SNSはとても良いものである」という所がありました。僕はSNSを極力触らぬようフタをしていました。とはいえBamboo Picturesの告知などには使いますが、他の人の何気ないものや写真を見るのはとても時間の無駄な事だと思っているからです。ですがその会社の考えは「Twitterは自分の意見をまとめて発信する練習になる」というのです。なるほどその考えは無かったです。そして「新しい他の人の考えを吸収して刺激をもらえる」とも言っていました。意識の高い人の考えです。

たしかにその通りなんですが、僕はふと思いました、情報が多すぎないか、ただ文字が流れているだけなんじゃないか、と。最近あちらこちらで耳にするAiの話でいうと、人間の頭はコンピュータに比べ圧倒的に処理能力が劣ります。もちろんですが忘れてしまったりこんがらがったり、うまく読み取ることは出来ないのだと思います。そしてそれに気付いていないのではないかと思います。

Twitterをみて感化されている人に次の日「昨日心に残ったことを教えて」と言ってもきっと明確なものが出てこないのではないかと思います。そして今日もまた新しい情報に影響を受けているのでしょうか。自分というものを形成する上で軸があっちへこっちへ行ってしまってはないでしょうか。

発言もまたそうだと思います。その時思ったことをそれっぽく60字に表し発信する。その時は正解だと思っているし、これでやっていこうと思っている。でもまた新しい60字がやってきてその考えに移る。それを読んでいる人もまた次の60字を読む。

考えてみると中身が一切ないやり取りな気がします。Twitterは呟くという意味なのは有名ですがその独り言を受け取り人を思い発言してるのは呟きではなく提言ではないかと思います。中身が空気のものが沈むわけもなく、身の詰まっているものが人の心の奥に沈みなにかを残すのではないでしょうか。

人間の思考にはAIには勝てないそう言った人間味のある会話や対話をするべきだと思います。流れるだけの発言や発信、いるかいらないかも判断できずにとにかく拾い上げる吸収、感化はもうやめましょう。

THIS IS Fu*kin SNS.

とは言え見ちゃうSNS中の竹田太郎

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